読了no.8-間抜けの構造(ビートたけし)-
『そもそも欧米には「間」にあたる概念や言葉はない』
そう、ビートたけしさんは断言します。しかし日本においては歌舞伎でも踊りでも、最近だとコミュニケーションにおいても、『出来を左右するものは「間」であって、芸事を生かすも殺すも「間」次第ともいえる』ということをお笑いはもちろん、政治やメディアの事例をまじえながら「間」のあり方を紐解いている良本でした。
ー政治家には間抜けな失言が多い。というのも、自分がどういう立場にいる人間かわかってないからだ。グーッとカメラを引いて、自分のことを俯瞰で見下ろして、周りの状況を把握していれば、絶対失言問題にはならない。発言の影響力やマスコミが失言を虎視眈々と狙っていることをわかっていない。それがわからないから間抜けなんだ。(第一章 p18)
ーはたまたお笑い芸人というのは、出番のあるなし、オン・オフにかかわらず、常に「あいつは本当におもしろいやつなのか」という好奇な視線にさらされ、値踏みされる存在。サラリーマンとは違って、生き方そのものが問われるから、舞台以外の場所でどう振る舞うか、というところまで、きっちりと見られていると思った方がいい。(第二章 p42)
ー最近のテレビからは、どんどん「間」がなくなっている。ワイドショーでも、理由や説明がなくていきなり「本当にしょうがないですね」なんて言葉から始まる。それが共感を得るなんて嘘。つまり、視聴者はろくに言葉を聞いていない。目だけでテロップを追っているから「バカなこというんじゃないよ(笑)」と表示がでて文字で確認してからじゃないと笑えない。(笑)なんて相当間抜け。(第四章 p87)
さらに、この本の中で実践的なのがこの部分でした。
テレビで人気のあるキャスター、アナウンサーは「間」を熟知していて、息継ぎのタイミングをきちんと研究しているとのことです。
ー間が悪い人というのは話をしている途中で息を吸っちゃう。息継ぎが下手。討論のときにどこで話に入っていくかというのは、縄跳びに入っていくタイミングを見極めるのと一緒で、それが上手い人と下手な人にはっきり分かれる。上手い人は、相手が呼吸するタイミングで入ってくる。ある人が「僕はね、そういうことはね、」といって息をすった瞬間に「いやぁだけどさ」と入ってこられると「うっ」となって話を取られる。そうやって相手の話をつぶす。
ー最近は話を割って入ろうというときに否定から入らない。全く逆で「それはあなたのいう通り」って肯定してから入ってくる。そう言われると相手も一瞬「うん」となるから「間」があく。その瞬間に「この人の言う通りで、私はね〜」って自分の話をする。
ちょっと長めにしゃべりたいと思ったら「私の言いたいことは二つあるんですよ」とやる。一つ目はすごく短く。「一つ目は、政府の見解には断固反対です。」とか。そうやってこいつの話はすぐ終わるなと思わせて「二つ目」に自分が本当に言いたいことを長めに主張する。
「間」の取り方が上手くなりたい、と興味がわいた場合はさらに学術的な「構造」関係の本に手を伸ばしてみてもいいかもしれません。
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